🍃はじめに
結婚してからの年月の中で、たくさんの喜びと、同じくらいのすれ違いがありました。
けれど今振り返ると、その一つひとつが、夫婦の形を少しずつ整えてきた気がします。
このシリーズは、そんな日々の中で気づいた「夫婦との向き合い方」を、
静かに、ありのままに綴った記録です。
怒りも、戸惑いも、笑いも──
すべてが、長い時間をかけて編まれた“ふたりの物語”です。
怒ると、説明が止まらない夫
「俺は悪くない。」その奥にある“分かってほしい”という想い。
結婚してからずっと思ってきた。
夫とは、お金の価値観がまるで違う。
私はお金をかけなくても、十分に満足して生きられる。
もし一人で暮らしていたとしても、質素に、でも楽しく過ごす自信がある。
けれど夫は、欲しいと思ったものは手に入れたいタイプだ。
家計を管理するという発想はなく、働いていればそれで大丈夫だと信じている。
見栄を張りたい気持ちや、責任を背負う自負もあるのだろう。
忘れられないのは、夫の兄の借金問題。
返済の代理人に母親がなり、結局その尻拭いをするために夫が立て替えようとしたとき、私は必死に止めた。
「それだけはしたらあかん。こちらまでお金がなくなる」
何度もそう言ったのに、聞く耳を持たなかった。
その結果、多くのお金が流れていった。
時間が経っても、悔しさが消えなかった。
けれど夫は今も、「俺は悪くない」と言い続ける。
その言葉の奥には、間違いを認めることへの恐れや、男としてのプライドが隠れているのだと思う。
あの時、もし夫が「もっと君の意見に耳を傾ければ良かった」と、
たった一言でも言ってくれたなら、
きっと私はそれだけで納得し、今に至るまでのわだかまりも残らなかったと思う。
今でも、「あの時は悔しかったなぁ」と言おうものなら、
夫は決まって「もうその話は終わった」と一言で片づけてしまう。
自分の否を決して認めないその姿に、
私はもう言葉を重ねることをやめた。
私はそのたびに思う。
お金というのは、人を助けることもできるけれど、判断を誤ると関係まで壊してしまうものだと。
私は現実を見て、暮らしを守ることを選んできた。
派手なものはいらない。
静かに、穏やかに暮らせることこそが、私にとっての豊かさだから。
🌸おわりに
夫婦には、正解も完成もないのだと思います。
少し離れて、また近づいて、
そのたびに新しい“ちょうどいい距離”を見つけていく。
これからも、静かに笑って過ごせる時間を大切に、
少しずつ、やさしく、ふたりの形を育てていきたいと思う。
それでも私は、今を穏やかに生きている。
それが、何よりの答えなのだと思う。
👉 前回の記事はこちら
→第2話:見栄と現実のはざまで