夫と暮らしていると、ふとした瞬間によく思うことがあります。
人はみんな、それぞれ違うリズムで生きているのだな、ということです。
夫は外の世界で強く、まっすぐに生きる人です。
責任感も強く、いつも何かを成し遂げようとしながら、前へ前へと進んでいるように見えます。
私はどちらかといえば、静かに考えたり、感じたりしながら、
小さな幸せを丁寧に拾っていくほうが好きです。
植物に水をあげたり、部屋の空気を感じたり、心の動きをそっと確かめたり。
そういう穏やかな時間を大切にして生きています。
そんな二人が同じ家の中で、同じ空気を吸いながら呼吸を合わせていくということは、
時にむずかしく、時にあたたかいものです。
若い頃は、お互いの違いに戸惑うこともありました。
けれど、その違いにゆっくり向き合う時間も、余裕もなく、
気づけば年の近い3人の子育てに全力を注ぎながら、
なんとか毎日を積み重ねていました。
そして結婚して30年。
子育ても落ち着き、子どもたちが独立し、二人だけで過ごす今。
はじめて「どうやってこれから二人の空気を整えていこうか」を
丁寧に考えたいと思うようになりました。
これまで心のどこかで、違和感にふたをしたまま生きてきた私ですが、
それが少しずつできなくなってきたのです。
むしろ、自分の気持ちに素直に向き合いたいと思うようになりました。
たとえば、夫が黙ってコーヒーを淹れる音。
その音を聞きながら、私はブログを書いたり、植物に水をあげたり。
同じ空間にいながら、それぞれが好きなように過ごしている時間。
相手に遠慮せず、自分を小さくしないまま、
お互いがそれぞれのペースで過ごせる時間。
そんな当たり前のような瞬間を、一つひとつ自然に積み重ねていくこと。
それが、私たちにとっての “調和” なのかもしれません。
調和とは、無理に合わせることでもなく、我慢することでもありません。
相手の波を見ながら、自分の波も静かに守っていくこと。
違いを否定せず、認め合いながら、
心のどこかで「この人と生きてきてよかった」と思える時間を
そっと重ねていくことなのだと思います。
長い年月を経て、ようやく私たちに、
二人の関係に静かに向き合える時間が訪れたのだと感じています。
💞 あとがき —「好きやからに決まってるやん」
昨日、ふと夫に聞いてみました。
「どうして、私と離れず毎日一緒に過ごしたいと思うの?」と。
すると夫は、少しも考えずに即答しました。
「それは好きやからに決まってるやん!」
恥ずかしげもなく、真顔でそう言い切る夫を見て、
思わず笑ってしまいました。
この年になっても、そんなふうにまっすぐな言葉をくれるところが、
やっぱり可愛いなあ、と思うのです。
夫婦の調和は、いつも静かなところにある。
でも時どき、こんなふうに
「好きやからに決まってるやん」と笑ってくれる声の中にも
確かに存在しているのだと、あらためて思いました。
前回の記事はこちら
👉第7話:静けさを選ぶという、強さ